ハンナの生涯と世界の動き


1897年 第1回シオ二スト会議
1910年 パレスチナに初めてキブツができる
1917年 イギリスのバルフォア宣言
     (イギリス政府はパレスチナにユダヤ人のための郷土を設立することに賛成し協力するという
      要旨)
1920年 パレスチナ、イギリスの委任統治始まる
1921年 7月17日、ハンナ・セネッシュ、ハンガリーのブタペストに生まれる
1927年 6歳、父ベラ・セネッシュ 心臓発作により、この世を去る

1929年 エルサレムに「パレスチナ・ユダヤ機関」設けられる
      アメリカ、ニューヨークの株価が下がり世界的に不景気になる
      アンネ・フランク生まれる
1933年 ヒトラー首相となり、ユダヤ人迫害が始まる
1934年 13歳、ハンナ日記をつけはじめる
      ヒンデンブルク大統領死去に伴い、ヒトラー首相と大統領(総統)になる
1935年 ドイツで、ユダヤ人迫害のニュルンベルク法制定
1937年 16歳、7月30日 ハンナの祖母フィニィ・ママ 敗血症により、この世を去る
1938年 7月10日、兄ジョルジュフランスへ
      10月 ドイツでユダヤ人国外追放令出される
      11月9日 水晶の夜(ユダヤ人虐殺事件)
      12月10日、学校で差別的事件に触れ、人生の転機を迎える。
    
1939年 18歳、パレスチナに行く。ナハラル女子農業学校に入学(2年間ここで学ぶ)

      ドイツ軍チェコスロバキアに進入、ついでポーランドに進入し占領し第2次世界大戦始まる
1940年 ドイツ軍中立国デンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギーを占領する

1941年 20歳、ナハラル農学校卒業

      10月、キブツ「スドットヤム」に入植
      ドイツ軍ユーゴスラビア、ギリシャを占領する
      2月22〜25日、アムステルダムで最初のユダヤ人狩り
1942年 21歳、5月ユダヤ人自衛組織「パルマック」の兵士に志願
      8月 ユダヤ人同胞救出作戦決定
      アウシュビッツ強制収容所で、ユダヤ人虐殺が盛んに行われる
      アンネ、日記を書き始める
1943年 22歳、1月ユダヤ人自身の手による同胞救出のための極秘作戦が計画され、ハンナ志願
      イタリア、連合国に無条件降伏
      10月、パラシュート部隊に入る
1944年 23歳1月11日、ハンナの日記ここで終わる
      3月、 パラシュートで、ユーゴスラビアに降下
      6月9日ただ一人で国境を越える決心をしハンガリーに潜入
      6月17日、ハンナの母カテリーナ国家警察の刑事から呼び出しをうける
      11月7日、ハンナ突然の処刑
      アンネ達の隠れ家、ゲシュタポに見つかる
1945年 アンネ衰弱死 第二次世界大戦終わる
      ユダヤ人解放エルサレム、シオンに多数帰還
1948年 5月14日イスラエル共和国、独立宣言


イスラエル建国に至るプロセス

紀元70年

 イスラエルにあったユダヤ人国家が、ローマ帝国の手によって滅ぼされる。
ユダヤ民族の離散が始まる。
  この間、ユダヤ民族は世界中に離散し、様々な苦難と迫害を経験する。

1884年

 ユダヤ人排斥を象徴するドレフェス事件が起こる。
この事件が、近代シオニズムの発火点となる。

1897年

 テオドール・ヘルツェルの尽力によって、第1回シオニスト会議が開催される。
この会議を契機にシオニズム(ユダヤ民族解放運動)が盛んになる。

1909年

 近代都市テルアビブ市がパレスチナの地に建設される。

1917年

 ユダヤ民族とパレスチナの歴史的結びつきを認めるバルフォア宣言が、イギリスによって出される。
この宣言を通してユダヤ民族の祖国再建の国際認知が広がる。

1922年

 国際連盟が、バルフォア宣言の履行を条件に、イギリスのパレスチナ委任統治権を認める。

1923年

 イギリスはパレスチナの75%を分離し、トランスヨルダンとしてアラブへ分割する。

1925年

 ヘブライ大学が創設される。大学創設は、後のイスラエル建国の基盤になる。

1936年〜1939年

    パレスチナにおいてアラブの暴動が繰り返し発生する。

1946年

 トランスヨルダンが独立する。ここにパレスチナ・アラブ国家が事実上誕生する。

1947年

 国際連合がパレスチナ分割を決議する。(パレスチナの残る25%をアラブ、ユダヤへ分割)

1948年

 イギリスによるパレスチナ委任統治が終了。その結果5月14日、
イスラエルの初代大統領ダビッド・ベングリオンによってイスラエル国家の独立が宣言される。
しかし、イスラエルが建国された後も、アラブ側にとって、
イスラエルの存在は認めることができず、対立が続き、今なお大きな問題を抱えている。


ハンナ・セネシュ展    ハンガリーにおけるユダヤ人差別