ハンナ・セネシュ記念館



        記念館外観
  イスラエルのカイザリヤのキブツ・スドットヤムに、ハンナ・セネシュ記念館がある。
 この記念館は1946年、ハンナを忘れない為、また将来に伝える為に、ハンナに共感した人々によって「ハンナの友の会」が設立され、多くの寄付によりこの記念館は建てられた。


       資料館内部
  記念館の内部は3つに分かれており、
2つの図書室とハンナの資料館である。
ここには多くの写真また彼女の遺品が展示されている。
 また記念館の責任者で、ハンナの友人でもあるミリアムさんによって、
ハンナについての講演もおこなわれる。

      記念館裏の地中海海岸風景
  この記念館は海岸に近く、
耳を澄ますと地中海の波の音が聞こえてくる。
この場所でハンナは生活し、人生を模索し、
日記を綴ったのである。

      ハンナの親友ミリアム
   ハンナの友人ミリアムさんが、日本の若人にメッセージを送って下さいました。

私の日本の若人へのメッセージ:

 「シャローム」というへブル語は、「完全」あるいは「自分自身や他者との平和」を意味する「シャレム」という言葉に由来しています。それは又、[支払う」を意味します。ヘブル語では、誰かに支払う時は、その相手と仲直りをすることを意味します。これは大変古いヘブル語で、聖書には何度も使用されています。
 

 私はハンナ・セネシュの友人のひとりで、個人的に非常によく知っていました。彼女がナチスの虐殺から同胞を救出する使命のために出発する時、彼女は私たちに書き残した最後の手紙に、このように書き記しています。

「1944年3月
親愛なるスドット・ヤムのキブツのメンバーへ、
誰もが自分のいるベき場所にいるベきです。
誰もが自分の果たすベき使命を果たすベきてす。
あなた方と私の間に何の相違もありません。
私はあなた方すべてのことを決して忘れはしません。
なぜなら、それが私に勇気を与え、行くベき道を行くカとなるからです。」
 これは同胞愛のカを表しています。そしてそれが、彼女を最悪の状況の中で支えたのです。

 「燃えて炎となったマッチは何と幸いでしょう。」
それは、ハンナ・セネシュが同胞に、決して彼らを忘れてはいないことを知らせるために、大きな明かりを灯すために炎となり、他の人々と同様に、灰になるまて自分自身を燃やし尽くしたことを表しています。

「その光が消えて、幾星霜も経た後にはじめて、我々が見ることができる星がある。」
 「その人がこの世から姿を消し、もはや私たちと生活を共にしなくなった時にはじめて、その光と記憶をたどることができる人がいる。このような光こそ暗黒に輝く光であり、人類にその行く手を示すことが出来る光である。」

 人のことをヘブル語では、ベン・アダムと言います。それは非常に善良な人を意味します。たしかに肉体的には弱い存在ですが、あなたの心と魂において、どのような状況の下でも、どのようなプレッシャーの中でも、「人」として毅然として立ち、決してあきらめず、勇敢に立ち向かうことを意味します。
 このような入物がハンナ・セネシュでした。彼女は決して屈服しませんでした。

 シャローム!ご成功を祈ります!
                    ミリアム・二ーマン


ハンナ・セネシュ展 最後のあいさつ