最後のあいさつ



 このホームページをご覧になり、いかがお感じになったでしょうか。
 あの第二次世界大戦の中で、ただ“ユダヤ人”であるという理由だけで600万以上の人々が無差別に殺されました。しかし、ナチスの支配下、反ユダヤ主義の強かった中でユダヤ人を救うために働いた人々がいたのです。ご覧になったとおり、ハンナも同胞の救いのために立ち上がったひとりでした。
  「ハンナの日記」の中で、生き生きとした少女の目を通して見た当時のユダヤ人社会、戦争への道に傾いていく世界状況を、私たちは知ることができました。
 名門のハンガリー系ユダヤ人に生まれた、ひとりの才能豊かな少女がなぜ家庭や友人、生まれ故郷までも捨てパレスチナに移住し、さらに命をかけて同胞の救いのために戦争の中に飛び込んでいったのでしょうか。
 それは、彼女が、本当に自分の人生について真剣に考え、また誰よりも平和を願っていたからではないでしょうか。
  今日ホームページをご覧になった皆さんも、もう一度、私達と一緒に自分の人生について考えて下されば幸いです。そして、平和を願うだけでなく、平和をつくりだすものとなり、私達にできる何かを見つけることができますように。
 それが見つかったとき、私達の人生は有意義なものとなるのではないでしょうか。
本日は、私達のホームページを見て下さり、ありがとうございました。

                               1997年 「平和の道具」一同


ハンナ・セネシュ展